NOTOのスタッフ自己紹介

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スタッフの自己紹介

院長の自己紹介写真

 院長:道下雄一 (Michishita Yuichi)

【経歴】
・関西大学  心理学科 
・関西医療学園専門学校  東洋・柔整学科 
・中村鍼灸整骨院 院長
・出張専門治療院 開院
・鍼灸サロンNOTO 開院

 

 

自己紹介

 私自身も学生時代は、スポーツをしてケガが絶えず、悩み苦しんでいました。また、中学、高校では眠れない事が当たり前の日々を過ごしていました。

 朝は倦怠感と頭痛、学校へ行けば授業やテストのときに過敏性腸症候群でお腹の痛みや勝手に鳴るお腹の音に苦しめられる毎日を送っていました。

 しかし、それを救ってくれたのが父の鍼灸治療でした。父は寡黙な人でしたが、心身が常に疲労していた自分にとって、鍼灸治療は気持ち良く、よく眠ってしまう事がありました。

 大学では、心理学を専攻し、その後は父の仕事を継ごうと鍼灸と柔整の専門学校へ5年通いました。

国家資格を取得後、自ら大阪の父と仰ぐ、自律神経治療の師の下で働いたのち、学んできた知識と技術を掛け合わせ自分がやるべき事を確信して、NOTOを開院しました。

 会話が弾んで笑い合ったり、目標を達成して喜んだり、時には感情が溢れて泣いたりとNOTOでは、患者としてだけではなく、ひとりのヒトとして向き合う姿勢を大事にしています。

 NOTOは当時の私自身がこんな先生のいるこんな居場所があればという願いから、作られました。

 当院に来られる患者さんの多くが、独りで大きな悩みを抱え苦しんでいます。

 患者さんを診ていると当時の自分の姿が浮かびます。

 こんな先生、こんなお兄ちゃん、こんな友人がいればどれだけ当時の自分は楽だったんだろうと…

今私がNOTOで提供している治療は、誰にも相談ができない又は苦手な方にとっての駆け込み寺のようなところですねと、患者さんからは言われることが多いです。

 ご相談だけでも構いませんので、お気軽にお尋ねください。

NOTOの原点

 NOTO(ノート)は、私の父の治療院である道下鍼灸マッサージ院の二代目として、その経験やノウハウを受け継いでいます。

 父は1人でも多くの方に鍼灸治療の良さを広めようと石川県能登半島の街で6坪の小さな治療院からスタートしました。そして現在では開業をして約40年が経ちました。地域の方を始め、噂を聞きつけ遠くは関西又は関東からわざわざ足を運んでいただける鍼灸院となりました。

 そんな父の背中を幼い頃から見てきた私は、患者さんと父との会話が聞こえる環境で育ってきました。

 当時は、朝の5時から患者さんが外で並んでいたそうです。そして、遅い日は夜の21時過ぎまで患者さんの治療に励んでいました。

 2024年元日の能登半島地震後も水道が復旧しない状態でさえ患者さんの足は絶えませんでした。

 患者さんから『どこの病院や治療に行ってもダメだったのを先生が治してくれてんよ。』と幼かった当時の私に何度も話をしてくれました。

 そんな父の姿を見てきた私は、幼い頃から鍼灸治療にとても興味を持っていたのだと思います。

怪我を人一倍してきた経験

 骨折7回、靱帯損傷10回以上、全治3ヶ月以上の重症のケガを数え切れないほど経験をしてきました。

 スポーツが好きで努力をすることが趣味というくらい人一倍、取り組んできました。当時を振り返ると、他人とは違うことをしないと上には上がれないと、自分にプレッシャーを与えて、毎日をがむしゃらに突き進んでいたんだと分かります。

 しかし、そのおかげで小学校、中学校と走っては市内で常に1位でした。野球ではピッチャーを任されて優勝を重ね、中学生の走り幅跳びは県で2位、高校時代の やり投げ では、県ではトップに立ち、インターハイと国体の候補選手として期待をされていました。しかし、ケガには負けて挫折を味わいました。

 小学生から続いたケガの日々は本当に辛かったのを覚えています。

 特に小学生の時にピッチャーで肘を疲労骨折した時は、早く治さないとチームに迷惑がかかるという思いと、それでも痛む現実との差に悩みました。またそんな自分を尻目に周りは変わらない日常というのが本当に辛かったのを覚えています。

 学生時代は、先ず朝起きて確認することは時計よりも自分の痛みの調子でした。痛みの調子がその日の調子のすべてになっていたことは言うまでもありません。

不眠症と過敏性腸症候群に悩んだ日々…

 また高校時代にはケガもさることながら、ストレスから不眠症を患い悩んだ時期がありました。

 ベッドに横になっても何時間も眠れない日が続いていました。頭が割れるように痛み、同じことをぐるぐる繰り返し考え、頭や身体が熱くなり、それでも毎日来る夜が本当に嫌いでした。

 朝起きると頭痛と倦怠感が襲ってきます。学校へついても次の恐怖がありました。それは、お腹の急な痛みと下痢、そしてコントロールのできないお腹のガスや腸の音でした。

 授業や、テストの時間、後ろに誰かがいることを考えるだけでも症状は出てきます。しかし、これだけ当時悩んでいた症状も私にとっては、それが当たり前と思って生活を送っていました。

 しかし、その事をある日父に話をしてみると、普段から口数が少ない父でしたが、『そうか…』といってほぼ毎日のように仕事が終わってからの時間に鍼灸治療をしてくれました。

 鍼を受けている時間は症状を忘れてしまうぐらい気持ちよく眠れたのを覚えています。

 父の治療で少しずつ不眠症を改善した私は、人の心についても興味を持つようになりました。そして当時、心理学の研究が進んでいた関西大学の心理学科へと進学しました。

鍼灸の道へ…

 大学では、心理学が思っている以上に数字で客観的に分析するのだと学びました。しかし、それでも人の心はすべて数値化することが難しく、身体や痛みにも影響を受けあっていることを知れました。

 そして、三回生の時、周りの友人たちが就職活動に励む中で私は自分が会社に勤めて働く事が想像できずに悩んでいると、患者さんから喜ばれる父の姿を思い出しました。

 そして、四回生から鍼灸の専門学校へダブルスクールをすることを決心し専門学校の門をたたきました。そして専門学校で技術と知識を学ぶ中、出会った患者さんとの経験が、私の運命を変える事になりました。

患者さんとの出会い

 専門学校では三年生から一人で患者さんを治療する臨床研修があります。

 ある日、50代の女性が首が回らないと訴え来院しました。彼女曰く「痛みのある首は信頼している専門学校の先生以外には触れて欲しくない」というのです。担当者は私になりましたが、彼女の言う先生は不在でした。

 治療経験がほとんどない私にとって、それがどんなに難しい治療になるのかを想像して、治療に入る前から不安とプレッシャーで押しつぶされそうになったのを覚えています。

 治療は、首以外の箇所に鍼を刺していきました。治療をしても尚、患者さんは首を痛そうにしていました。焦りと不安で汗をたくさんかき、何度か鍼を落としてしまいました。しかし、ある会話から流れが変わります。

 それは、痛みの話ではなく彼女が信頼する先生の話や、住んでいる場所、よくどこへ買い物へ行くのかと言った雑談でした。すると、怪訝な顔をしていた患者さんは色々な話をしてくれました。

 そして実は首の痛みは今朝、主人と喧嘩をした時から痛みだしたことがその雑談を通して分かりました。雑談が盛り上がり予定していた治療時間はとっくに過ぎていました。そこで、治療の手を止めベッドから起きて痛みを確かめてもらうと、なんと痛みが無くなり、首が回ったのでした。

 しかし、当時の私にはこれがどうしてなのか、まだ分かってはいませんでした。

大阪の父(師)との出会い

 3年生の春、働く場所を探すため、たまたま尋ねたのが私が大阪の父と仰ぐ中村律喜先生でした。

 中村先生は自律神経の治療を得意としていました。そして患者さんを症状として見るのではなく、一人の人として見る事を大事にしていました。

 患者さんの話を最後まで聞きそれに沿った治療と会話を勧め丁寧に寄り添う姿に、治療技術や知識だけが痛みを取り除くと考えていた当時の私には新鮮に映りました。そして、この先生の下で働きたいと決心するのでした。
 

 先生は、患者さんがどのような思いで来院したのかや、何の仕事をしていて、どんな生活の環境なのか、その人がどんな人生をたどってきたのか、性格や雰囲気、話し方や表情など、患者さんを丁寧に見て、気にしようとすることが大事であると当時の私に丁寧に指導して頂きました。

 そんな先生の下に来る患者さんは先生なら何とかしてくれるからと、信頼を置いている患者さんがほとんどでした。

 また、この患者さんへの姿勢は私の父も同じでした。気になる患者さんがいれば電話をしてまでも気にしてあげたり、時にはケンカをするほどに常に患者さんと真剣に向き合っていました。

 そして、そんな中村先生の患者さんと向き合う姿を見て学ぶうちに、学生時代の首の回らなかった患者さんが治った理由が分かったような気がしました。

『自分に厳しく、人に優しく人に寄り添う謙虚な気持ち』

 これが先生の大事としていた言葉です。父の背中で感じた思い、大阪の師の下で学んだ姿勢、そして自分自身が学び経験した事を合わせて今のNOTOの治療があります。

話すって、こんなに楽なんだ

 NOTOへ来られる患者さんは、『NOTOさんは、私たちみたいな人の駆け込み寺ですね』とおっしゃてくれます。

『痛い…』『辛いねん…』そんな言葉を聞いてくれる方は、皆さんの周りにいますか。
周りに自分の気持ちを理解しようとしてくれる人が一人でもいる方はとても幸せなことです。

誰かの肩に少し寄りかかるだけでいいです。
もしかしたら、勇気もいるし、プライドもある、相手に気をつかうかもしれませんよね。

しかし、話すことは本当に楽になるものです。

もし当時の痛みと症状に悩んだ学生の自分に会って声をかけれるならこう伝えたいです。
『ひとりで悩まんと、何でも話してね』です。

 患者さんにも同じことが言えます。責任感を持って頑張ってきた方、周りに気を遣って自分を犠牲にして他人に尽くしてきた方、真面目できっちり行って周りからの評価にプレッシャーを受けている方、そして、自分に厳しく人に優しい方、みなさん、一度でいいの頑張ってきた自分にご褒美を上げてください。そして労ってください。

 NOTOではそんな方々の応援を全力でしております。

 父や師、そして私の思いの詰まった治療が一人でも多くの方に喜んでもらえるよう日々精進しております。NOTOを選んで良かった。何かあればNOTOへ相談しよう。最近、楽しくなってきたな。そう感じていただける治療と空間をご用意して皆様をお待ちしております。

鍼灸サロンNTOのスタッフの写真

非常勤スタッフ:道下真央(Michishita Mao)

出身: 大阪府

趣味:ドライフラワー,劇団四季・宝塚歌劇団の鑑賞


  時々サロンを手伝っています。
  趣味は料理です。栄養士資格を持っています。
最近、ドライフラワーでスワッグなどを作ることも興味があります。
  ご来院くださった皆様に快適な時間を過ごしていただけるよう努めていきます。

お会いした際はどうぞ宜しくお願いします。

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